プランド大衆化時代の到来

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プランド大衆化時代の到来(2017年08月17日 最終更新)

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プランド大衆化時代の到来

一九六 0・年に成立した池田内閣の政策も舶来品の流入に拍車をかけた。国民所得倍増計 画のもと、六一年に貿易為替自由化の促進を決定し、舶来品の輸入を積極的に進めた結果、 内閣成立時には四四%だった自由化比率が二年後には八八%へと倍増する。宝石、貴金属、
ハンドバッグ、時計、カメラが次々に自由化され、舶来品の購入層が変わりはじめた。 一部の富裕層から、一般の大衆へ||。明治維新から一 OO年近く、特権階紐だけで占
められていた舶来品マーケットが変質し、裾野が大きく広がるのはこの時からだ。 あまりの舶来品の氾濫に、国産品愛用運動も起きていたが、多くの消費者はどこ吹く風。
そもそも、運動の先頭に立っていた政治家の藤山愛一郎自身が、サンモトヤマの得意客で あり、身につけているものはほとんど舶来品だったのだから、国産品愛用運動の効力など 推して知るべし。舶来品人気は押しとどめようがなかったようだ。
しかし、あふれる舶来品の中から何を選べばいいのかわからないという日本人も多かっ た。高嶺の花だった憧れの舶来ロ聞を前にしても、選ぶ基準がわからない、指針もない。そ んな迷える日本の大衆向けに六二年に発行されたのが、論争社の『世界の一流品』だ。
日経記者の吉田安伸がサンモトヤマの茂登山など、舶来品の目利きの協力を得てまとめ たガイド本で、食料品、日用品、おしゃれ用品、家庭用品、レジャー用品に分けて、全七 九品目を紹介している。腕時計では、パテ y ク・フィリ yプ、ォ 1ディマ・ピゲ、ロレ V クス、ヴァセロン・エ・コンスタンチン、ライターはダンヒル、帽子はボルサリ 1ノ、グ
vチのパvグなど今見ても十分に通用する高級品ばかりだ。 こうしたガイド本は現在さして珍しくはないが、「バッグならこれ」「腕時計ならこれ」
と断定し、白黒ながら写真と選んだ理由を掲載した本は本邦初。売れ行きは好調で、以後、 似たような内容の本や雑誌の特集が続くことになる。
階級社会のヨlロ yパでは、一流品は一部の上流階級だけに愛好され、代々受け継がれ、 モノと同時に、一流ロ聞に関する知識や選び方、使い方も同時に伝承されていく。『世界の 一流品』は、そんなパ vクグラウンドがない日・本の一般大衆に何を選べばいいかの指針を
与え、間違いのない確実な一流品の買い方を教えてくれた。

大衆化を促進した海外旅行プlム

もう一つ見逃せないのが、高度経済成長時代を背景にした海外旅行プIムだ。 一九六四年に海外渡航は自由化され、この年一三万人弱だった海外渡航者の数は七一年には九六万人と七倍に増えた。 七一年にドルが固定相場制から変動相場制へとシフトし、一ドル三六 O円が三 O八円と
円高になったことも、海外旅行客の増加を後押しした。海外旅行の楽しみの一つであるシ ョッピングに円高は有利に働く。次々に発行される一流品のガイドブックを手に、円高の メリットを駆使して日本人は海外旅行先で買い物に走った。
七二年にドルの持ち出しが自由化されると、海外渡航者の数はさらに増えて、七五年の 渡航者数は二四七万人に達した。外貨減らしを進める政府の方針が、日本人の海外ショッ ピング熱をさらに煽ったわけだ。同じ年には並行輸入も解禁になり、輸入総代理庖を通さ ずに誰でも自由に外国製品を輸入できるようになった。喜んだのは輸入業者だ。海外で外 国製品を大量に買いつけ、日本に持ち込んだ。
もっとも、多くの一流ブランドは卸売をしていないため、輸入業者は現地の小売値で買 うしかなかった。となると、どうしても日本での小売価格は高くなる。が、それでは総代 理屈経由の商品価格とあまり差が出ず、消費者に「並行輸入商品のメリット」を打ち出す ことは難しい。そこで輸入業者が取った手が、たくさん売りさばくことで利益を見込む薄 利多売策だ。
こうして、ブランド品は街にあふれ、 一気に大衆化した。ブランド品の人気に目をつけ、コピ l商品も市場になだれ込んだ。これが海外ブランドの第一次プlムである。 貿易統計によれば、七一年から七四年にかけての三年間で、フランスからの輸入額は、
衣料品や毛皮、アクセサリーは一 O倍以上に、革製衣料、旅行用品・ハンドパ yグ、香 水・化粧品は五倍以上に急増している。すさまじい勢いで輸入製品が日本市場を埋め尽く していった。
ライセンスブランドが人気を得たのもこの頃だ。七 0年代に入ると、アパレルメーカー や生活雑貨メーカー、家電品メーカーなど多彩な業種がこぞって海外ブランドとライセン ス契約を結び、ライセンス品が日本人の暮らしの中に入り込んだ。栄華を誇ったライセン
スブランドの象徴が、傘、ワニ、ペンギンのマ 1クが躍るワインポイントプラ γドであり、 幅広い品目におよんだカルダンやサンロ lランのライセンス商品だ。
ノンフィクション作家の上前淳一郎がサンモトヤマの茂登山の半生を描いた『舶来屋一 代』の中で、当時のブランドプ lムはこう表現されている。
世界の一流品は、すさまじい勢いで大衆のあいだに浸透していった。サラリーマン たちはダンヒルの、ときにはカルチェのライターを持ち、オメガの腕時計をはめて、 モンプランの万年筆を使うようになった。女の子たちはエルメスのスカーフを首にの 62
ぞかせ、グッチやセリ lヌのカンバス・ハンドバッグを下げて街を行く。いわゆる世 界の一流品は、その品質がいいから、あるいはデザイ γが美しいから買われるのでは なくて、いまでは、ひとが持っているから自分もほしい、という動機で購入されるよ うになった。つまり、一般の人びとの聞のフア yション商品になったのである。(文 塞春秋社『舶来屋一代』一九八三年〉
現在の日本ではない。三 O年ほど前の日本に起きたブランドプ 1ムに関する描写だ。高 度経済成長時代を背景に実施された貿易の自由化、外貨の持ち出し制限撤廃、並行輸入の 解禁が熱狂的なプ 1ムを作り上げた。ブランドプ lムは高度経済成長時代の落とし子だ。
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