高島市での子育てについて藤井さんにインタビュー

高島市での子育てについて藤井さんにインタビュー

高島市での子育てサービスや、子育てとどのように向き合ってこられたかをインタビュー形式で質問させていただきました。(2017年10月05日 最終更新)

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ライフスタイル

滋賀県高島市の環境とは?

藤井さん

前でしたら風車村とか今で言ったら針江の水とか、かばたとかが有名なんですけど、安曇川っていうところです。

A

少し南寄りなんですね。駅からは近いんですか?

藤井さん

徒歩で20分ほどかかります。道の駅おかぞんじかとかわかりますか?

A

琵琶湖こどものくにとかですかね。

藤井さん

こどものくにまで行ってしまわないで、バイパスが通ってるところに安曇川の道の駅っていうのがあるんです。そこの近くですね。

A

琵琶湖寄りなんですね。

藤井さん

私自身がもともと安曇川出身なんです。看護師を目指して京都の東福寺まで行ってました。
雪が多いとこなので下宿という形で寮生活をして看護学生時代を過ごして、そのまま就職してしばらく京都に住んでました。

A

学生の頃から京都に行かれてたんですか?

藤井さん

高校卒業してそのまま看護学校に入学して寮生活は京都で過ごしてました。
そこで結婚したんですけど、夫は幼馴染みたいな感じだったので同じ町内の人で。

A

旦那さんも同じ安曇川出身?

藤井さん

そうです。しばらくは京都に仕事に行ってたんですけど、結婚してからは西大津っていうとこ、今は大津京って名前になってるんですけど、そこに住んでそこから京都に通う生活で子育てと一緒にバタバタした生活を過ごしてたんです。

A

西大津から高島にかえられたのはお子さんが何歳ぐらいの時なんですか?

藤井さん

子供2人いるんですけど、その時に上の子が年長さんになるときで6歳と下が3歳の時に帰りました。

西大津の子育ての環境とは?

A

お子さんが6歳になる時までは西大津に住んでいたっていうお話だったので西大津の子育ての環境についてもぜひお聞きしたんですけど。

藤井さん

1人目の時は保育園にすんなりと入れたので、私は仕事に専念で主人が在宅の仕事しながら送り迎えとか家のことしてくれてって感じだったので、子育て環境はほぼ遊びに行ったりとか活用したことがなくて、保育園に入れて休みの日とかは私と交互に見るっていう感じでした。不規則だったのであんまり覚えてないぐらいバタバタしてました。

A

珍しいですね、ご主人が面倒見てくださってるのは。

藤井さん

日中は預けてその間にパソコンでデザインの仕事やってたり。
どっちかっていうと私が稼ぎ頭みたいな(笑)
1人目の時はまだ私も外来とか夜勤の仕事とかあんまりなかったんですけど、2人目の時は保育園が変わって少人数制の保育園で見てもらって、どっかのお寺さんが経営してる民間のところ入らしてもらって。
2人目を妊娠したときに勿体ないし辞めようって話になって。1回保育園を出てしまうと再度入る時に審査をかけなあかんので、引き続き上の子が入ってる状態だと下の子も入りやすかったんだと思うんですけど、私も産休入ったときにどうせ家居るんならいいやん、勿体ないやんってなってしまって。産休中は子供は家で過ごしてました。

当時の保育園にかかる費用と市のサービスとは?

A

2人目が産まれるまでの間に1人目が保育園を一度休止されてたってことですか。
勿体ないしっていう風におっしゃってたんですけど、月にいくらぐらいかかるんですか?

藤井さん

大体やと思うんですけど、収入に応じて保育園料って変わってきてたので、大津市で2人入れてる時に8万、9万かかってたとおもいます。1人でお弁当入れて3万、4万やったと思います。

A

高島市は保証が厚いっていう話を聞いたんですけど、西大津市の支援ってあるんですか?
お金だったりサービスだったり。

藤井さん

私が調べたのは病気になったときに第三者の人に預かってもらうとか迎えに行ってもらったりとかの子育て支援とかサービスはあったんです。それの面接というか手続きをしようと思ったところで、主人が他人様に観てもらうのはどうかっていうのを心配してて、私も人間関係ができてるわけじゃなくて仕事と家の行き来だけだったので、実際にその人に預けていいかとかそこまでできてなくて不安だったので、サービスとして利用はできてないですね。

A

お迎えを代わりにしてくれるっていうのは市の人がしてくれるんですか?

藤井さん

子育てサービスに登録してる人です。お手伝いしますよって人が登録しててサービス受けたいって人と話し合いをしてオッケーってなったらお願いしますってなるんだと思うんですけど。話だけを聞きに行って実際サービスを利用したわけじゃないので。

A

これですね、ファミリーサポートセンター子供の預かり送迎。これは市役所の方っていうよりもサポートセンターに登録されてる人が変わりに迎えに行ってくれたりってゆう。ちゃんと使用料金が発生するんですね。1時間700円。

藤井さん

保育園に行って延長してても7時ぐらいまでとかで、それ以上はみてもらえなくて残業とかになってくると遅くなったりすると使わざるを得ないかなって思ってたんですけど、主人が反対というかあまり良い気がしなかったみたいで、じゃあ俺がやるってなって(笑)主人におまかせっていうかたちになりました。

A

結局こちらのサービスは使わずにご主人がお迎えに行ってくださったりだとか。
育メンですね。市のサービスは西大津の時は特に使ってらっしゃらなかったって感じですか?

藤井さん

あったのかもしれなかったんですけど、私自身が調べれてなかったんです、ほとんど仕事で。
丸一日休みとかがなくて時間があっても家のことしてたりが多かったので。

A

看護師ってほんとに忙しいんですね。

藤井さん

子供が病気になって入院になった時も親に来てもらったのが1回だけあったんですけど何回もお願いできないし、自分とこの病院に入院させれたらよかったんですけど、そうもいかないので大津の病院に入院して私は京都の病院に仕事行くってかんじで。

A

忙しいので2人目が産まれた後は2人ともの申請を再度して保育園に預けられたんですか。2人で8万円はかなり高いですよね。

藤井さん

残業代全て保育園代にあたるみたいな。2人目の時は病棟に戻されて忙しい時やったんで残業も3、4時間ついて帰れないぐらいな時もあったんで。

A

西大津は交通の便はよかったんですか?

藤井さん

行きはよかったんですけど帰りがとっても不便は湖西線。本数が少ないし雪の影響を受けやすいので、朝に急に電車が来ないとかよくありました。今はだいぶ改善されたかなって思うんですけど、遅れてくるでもなく運休なりましたっていう。止まると遅れるやったらいいんですけど、そんときは京阪で行くとかもありましたけど。

高島市に戻った理由とは?

A

交通の便は厳しいかもしれないんですけど同じ湖西線の高島市に移動されたのはなんでなんですか(笑)

藤井さん

1時間に1本に比べると15分に1本あるんで(笑)
それでも行きしなが30分で行けたとしても帰りしなは1時間確実に乗り合わせがうまく合わないので。

A

今忙しい中でも安曇川にいらっしゃるわけじゃないですか。

藤井さん

仕事がすごく忙しかったのでこれは無理だなっていうので帰る方向で頭が向いてたので病院を変えたんです。

A

勤務先の病院を変えたんですね。

藤井さん

安曇川から通えるところに職場を変えて家から車で通うスタイルに変えました。
車で40分ぐらいで3年間通ってたんですけど、上の子が年長さんに変わった時に移動したので、友達を作ることが難しかったみたいで大変やったみたいです。
二世帯ですけど同居もはじめて。

A

上のお子さまが小学校に上がる時には安曇川に引っ越したってことですね。

同居生活が始まって起こってしまった出来事とは?

藤井さん

私もがらっと生活が変わって職場もぼちぼち慣れてきた頃なんですけど、家で普段自分たちがしてたペースと違う同居生活が凄く辛くて。

A

今まではご主人とお子さんだけやったのが。

藤井さん

寝たいときに寝られないというか。親切やと思うんですけど、ご飯の時に起こしてくれたりとか(笑)それが辛くて気が立ってくるんですよね。私自身も慣れたらなんとかなるんかなとか思ってたんですけど、上の子が風邪ひいて夜中お腹壊してたんですよね。その時私は夜勤で居なくて、主人も仕事変えて工場勤めしてて2人とも夜勤の仕事してたんです。お爺ちゃんお婆ちゃんが居るからやりたいことできて仕事にシフトチェンジしたんです。

A

ご両親が面倒見てくださってたんですか。

藤井さん

お婆ちゃんも仕事してたの辞めてうちの方でってスタンスで迎え入れてくださったんで、ご飯とかも手伝ってもらえてありがたかったんです。

けど、私らが思ってる時間の過ごし方と主人のご両親の過ごし方とがずれてきたりだとか、子育てに関しての意見が言わなかったりとか、私が慣れなかったのがあったんですけど、上の子が体調崩して夜に吐いてしまった時からがらっと子供の調子がおかしくなったんですよ。

一旦収まったから風邪やったんや、治ったんやって思ってたんですけど、急に学校行けなくなったんです。2年生終わりぐらいにそれが起こって、学校の先生からは食欲がない、残してしまうって話を聞いてて、食欲だけはあって体はすごく大きくて。

A

お子様の性別は、一番上が男の子でしたっけ?

藤井さん

上が男の子で下が女の子で、よく食べて残すこともなかったのに残すからおかしいよってことは聞いてたんですけど、まだ本調子になってないのかなぁぐらいで思ってて、3年生に上がって給食がスタートした時に泣いて喚いて学校行けへん、仕事行かんといてって言うて私をとめたんですよ。

何があったんかわからなかったんで、仕事休んだんですけど、小学校2年生の子が2歳になったみたいに、泣いて喚いて。

そこからご飯食べれない、眠れない情緒不安定になっちゃって。

一週間仕事休んで病院行って調べてもらったりしたんですけど、体は問題ないしって言われて全員がわからないしよくなるわけでもないし食べられないし、仕事どころじゃないので上司に相談して有給全部とって休職のかたちでとりました。


学校ともやり取りをして相談できるところ調べたり、専門のところを調べるしかなかったですね。小児科の情緒的なもので対応できる病院を探したんですけど。


お爺ちゃんお婆ちゃんからもなんでこんなことになったんやって責められるし、私もわからないし、私がトイレでも行こうとすると1歳の子みたいに泣いちゃうような状態で。どうしたらいいんかわからんくて泣くしかなくて。

心の病にかかってしまったお子さんとの毎日とは?

藤井さん

一番助かったのが、市役所に課題対応室ってとこがあったんで市に連絡したんですよ。

A

全部相談できるんですね、教育指導からカウンセリング。安曇川にあるんですね。

藤井さん

安曇川にありましたね、週1回ずつでも話に行って。私が1番動揺してたんやと思うんですよ。

その時は主人が仕事で単身赴任して離れたとこ行ってたんですよ。色々重なったんかなって思うんですよ。
相談を聞いてもらって原因探しって言うよりは、私自身がまず落ち着かないと子供自身も不安定になるので、自分の思いを喋って聞いてもらって。私はやっぱり責めてたんやと思うんですよ、義理の両親のこととか。

学校の保健室の先生が同じような経験をされたことがあって、私の話を共感というか、同居をきっかけにこんなことがあったとか聞いてもらって、まずは保健室で先生と挨拶して帰る、とかちょっとずつ学校との調整を保健室の先生がしてくれたっていう感じで。

なかなか担任の先生がそこまで1人の子供に対してできないじゃないですか。ただ私がここで良かったなって思うのが各学年35人切ってて1クラスずつしかないんですよ。クラスも変わることなくずっと同じメンバーで。

A

凄いですね。私の時期は5クラス6クラスあった(笑)

藤井さん

多かったんですか。私らの時でも2クラスとかだったんで、都会とか街中でどれくらいいはるんかわからないですけど。
そこが良くなるとこやったなって思って、みんな心配して保健室居ても来てくれるんですよ。
校長先生も遅れている授業をマンツーマンで教えてくれたりとか。そういう意味では凄く手厚くてここで良かったって思いました。

A

都会だと埋もれちゃうますしね。

藤井さん

どうなったのか全然わからないですね、ここで対応できたっていうのはみんなが手厚く思ってくれはったっていう環境やったと思うので。
3年生の1学期間は保健室で過ごすってことが多かったんです。1時間行って帰るとか、たまに3時間おって帰るとか。切り絵したりとか遊んだりして帰るとか。
とりあえず学校に行くことに意味があると思って、私自身が家にずっと閉じこもれなくて出たくって出ることで自分自身も本人も行けたので、これで良しとしようと思ってそんな感じでした。

A

いつから学校に通えるようになったんですか?

藤井さん

夏休みの間は担任の先生が補修をしてくれはって学校の授業の分を取り戻して、2学期は教室には入れへんけど廊下なら行けるって言ったんで、机を廊下に置いてもらって。一番端の教室やったんで、私も机並べて廊下に2人並んで(笑)
暑い時期やったんですけど廊下やったら涼しいんで、窓もドアも開け放ってたんで聞こえてたり黒板見える角度で座って。みんなも全然普通に(笑)

A

空間が違うだけでちゃんと登校はできてる(笑)

藤井さん

行事は全部私も一緒に参加してたんで、他の学年の人もみんな知ってますね。

A

それは凄いですね。普通お母さんも来てると逆にいじめられる要因になったりするのに。

藤井さん

ちょっかいかけてくる子は居たけど、ありがとう言うて気にしてくれてるんやなって思って。無視される方が辛いなって思って。
私自身も最初本読んだりしてたんですけど、ケアマネの勉強しようと思って。

A

ケアマネージャーは介護の。

藤井さん

興味はあったので、この際ここで勉強すればいいやと思って(笑)

A

お子さんは小学校の勉強しながら横でケアマネージャーの勉強を(笑)
それはどのぐらいまで続いたんですか?

藤井さん

3年生丸々ですね。冬なったら寒いなって教室入ったんですけどその間もずっと一緒に居てて、4年生になった時に下の子が1年生で入ってきたんですよ。

それがきっかけでお兄ちゃんらしさを見せたいって思いがあったみたいで、保健室の先生と話して見えないところで保護しようってことで、給食の時間が山やったんで給食の時だけ別の部屋で食べるってことを繰り返して。

食べれなのがずっと続いてたんで。ちょっとずつは食べれるようなってたんですけど、みんなと一緒じゃなかったら大丈夫やったんで。

A

下の子が通うようになってから変わったんですか?

藤井さん

そこだけがなかなか4年生でも変わらなくて、見えないところで2人で食べる感じで。
彦根城の遠足があったんですけど、行かない選択をできるだけさせやんとこうと思って、行くときはみんなで行って食べるときは私と食べて。いろんな行事ごとも先生に引っ張ってもらって。

お子さんが回復に向かったきっかけとは?

藤井さん

滋賀県にフローティングスクールっていう1泊する体験教室みたいなんがあるんです。
琵琶湖の船の上に小学校5年生の子たちが1泊過ごして琵琶湖のことを勉強するのがあるんです。学校の行事で。4年生でだいぶ良くなってきてて、1泊私と離れて過ごすっていう大きな山があったんです。私がいない状態でご飯を食べるっていう。泣き叫ぶ状態やったんですけど、先生も手伝ってもらって放り出して(笑)そしたら一切食べなかったんです。昼、夜、朝、昼食べなかったんです。ずっと泣いてたみたいで先生からどうしますかって連絡来て、夏場やったんで水分とってますかって聞いたらとってますって言われたんで、お願いしますって言うて、最後まで行って欲しかったんで先生に無理言うて。
帰ってきたら本人は怒ってたんです。でも、どうやった?って聞いたら楽しかったって言うたんです。行けたっていうのが本人の中では嬉しかったみたいで。

A

その辺りから普通に給食も食べれるようになって?

藤井さん

食べるのは普通にっていうのは無理でしたね。量減らしてなんとかギリギリ食べれてたみたいですね。先生と本人の約束でこれだけは食べようってやってくれてはったので、充分な量ではなかったと思います、体重も増えなかったので。
保健室の先生から食事量が増えへんと、催眠療法的な治療なんですけどそこに行ってみてはどうかっていう案内もあったり、本人にどうしようって言ってたんですけど、先生が居はるのが兵庫の姫路の方やったんですよ。そこまで行くのも本人が行きたくないって言うたんで、もうちょっと様子見てくださいって言うて待ってたら、ある時全部食べれたよって言うて帰ってきた時があって。急やったんでびっくりして。

A

食べれるものって具体的に何だったら食べてたんですか?

藤井さん

ご飯、お菓子とか。パンは食べてたんですよ。

A

ほぼ炭水化物しか出てない(笑)
肉とかお魚は食べてなかったんですか?
それは体重増えないですね。
5、6年生からはずっと食べれるようになったんですか?

藤井さん

今は食べれるようになりましたね。
6年生はもう普通に過ごしてました。人前に出て喋ったり運動会とかで応援合戦で堂々としてたりとか。みんなもそれをわかってはったんで気を使ってくれて。ちょっとずつ役割を回してくださって。環境に恵まれましたね。

4年生の時かな、ちょっとずつ手が放れるようになってた時に何か家でできることないかって思って。病院に戻るのはもう無理やなって思って在宅でなんかできないかって考えて足のマッサージやったらできるかなって。
通信で勉強できたので実技とかは1泊2日ですけど主人と協力しながら大阪とか行かしてもらったりして、資格とって自宅でサロンを始めるきっかけになりましたね。

A

子育てがきっかけで自宅でお仕事始められたんですね。

藤井さん

まだお客さんも多いわけじゃなかったので全部を隠さず喋ってたんでわかってくださる方もいたんです。仕事どうしようかなって考えてた時に、たまたま今居てる介護施設の看護師が足りないっていう話を聞いて、すぐに仕事はじめれる状態じゃないし学校に行かないけないって言うたら、午前中だけやったらいいよって言うてくれて。学校に送り出してから給食の時間まで。

藤井さん

ちょっと待ってください、お客さんが来て、すいません。
お迎えきはって、子供ら遊んでるんで。

A

一旦切った方がいいですか?

藤井さん

一旦切ってまた。どうしましょう?

A

今日別の時間でご都合良い時ってありますか?
あと10分15分でぐらいで大丈夫なんですけど。

藤井さん

でしたら大丈夫です。迎えきはっただけなんで。

子育てを投げ出したかった時はなかったのか?

A

もう一つお聞きしたかったのが、不登校であったりとか一緒に学校に行かなきゃいけない時期が長かったと思うんですけど、その時に子育てもうやめたいって思ってしまったときはなかったですか?

藤井さん

子育てやめたいっていうか、この子の為に何ができるかっていう。私ひとりじゃ無理やって思ったんで最初の時点で市関係の人に連絡して学校の方にも相談してアドバイスもらいながらその人のとこに行くしかなかったんで、やめたいとかじゃないですね。この子の為に何ができるかってみんなが言ってくれる通りやれることやってっていう。そんなこと言ってられないですね。やめたところで何か解決することじゃないんで。
ひとりだけで悩んでしまっても解決方法って自分の中でしかないので、1番苦しんでるのがお母さんと子供自身やと思うんですけど、方法ってどっかにあると思うので、出すことかなって思うんですけど。こうやって悩んでるって言うたら意外に他にもあるよって言うてくれるんですよ。

藤井さん

もう1個大きいアドバイスをもらったのが、スクールカウンセラーの先生も同じような経験をされて子供が不登校になって自分がカウンセラーになるって道を選びはった人なんです。
家族構成から全部聞かれて、お母さん凄い大変でしたねって言われたんですよ。意味がわからなかったんですけど、私が全部抱え込んでるって言われて。自分さえ我慢すればみたいなとこが子供に影響してるって言われたんですよ。

あとお爺ちゃんお婆ちゃんの距離が近すぎて私たちの役割を全部とられてるって言われたんです。子供にしてみれば親がいっぱいいるみたいな。

1番的確なアドバイスをもらったのが、野球をプレーして私たち夫婦が内野を守ってるときに子供がバッターで打つじゃないですか。

内野ゴロはお父さんがとるべきなんですよ。外野フライぐらいの大きい問題はお爺ちゃんお婆ちゃんが取ればいいんです。やのに、内野ゴロをお爺ちゃんがわざわざ走ってきてナイスプレー!みたいな。その通りみたいな。内野ゴロは内野で処理して外野はカバーなんですよ。

みんながドカドカ中に入ってくるから一旦距離をあけたらどうやって言われて。食事を毎日一緒に食べてたしお婆ちゃんの生活に合わせてたので、申し訳ないけどカウンセリングの先生が言うてはるので私たちの時間くださいって言うて話し合いをして、朝だけは一緒に食べて、昼夜は別で食べてっていう。

それからだいぶ良くなりましたね。

そのアドバイスがなかったらこんな風に劇的に変わったなって思えないし、第三者の目とかプロの目とかのアドバイスを聞いて今があると思うので、抱えこんでもどうしようもないと思うし、子供自身もすごく悩んでたと思うんです、今では過去の話なんですけど。

子供扱いしたら怒るぐらい反抗してきて嬉しいし、あんな泣いてたのに格好いいみたいな(笑)

A

それは嬉しいですねぇ(笑)

藤井さん

中学校入ってからは自分から運動部入るって言うてやったことないテニスをやり始めて、朝練毎日あるのに行って、体重も10キロ増えて体格も全然違うし。
支えんの当たり前のことやけど、そういう経験をさしてもらったっていうのは凄い大きいですね。

A

普通のことやのに凄い感動しますね。
体重が10キロ増えたって言われて涙が出てきました。良かった~。

藤井さん

原因探しばっかりしてたら良くなかったんかなって思いました。
私自身も変わったしね。最初は家に居たがらなかったんですけど、居座ろうって決めたんで(笑)遠慮はしますけど、やりたいことはやらしてもらおうって思って。
ミホさんとかと会ってまた違う世界の人と接する機会があったので、病院と家との行き来では考えられる世界じゃないですし、今思うとありがたいなっていう。

A

こちらこそ、貴重な体験談を聞かせて頂きましてありがとうございました。

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