ヴァレンティノ Valentino Gafavani:1959-(ITARY)

ヴァレンティノ Valentino Gafavani:1959-(ITARY)

ヴァレンティノ(VALENTINO)はイタリアを代表するラグジュアリーブランド。オートクチュール、プレタポルテからバッグ、シューズ、スモールレザーグッズ、ベルト、アイウェア、スカーフなどのアクセサリー、フレグランスとトータルで展開。(2017年02月19日 最終更新)

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1960年代から今日までの社交界をはじめとする華やかなシーンを彩ってきた立役者として、「ヴァレンテイノ」の名を忘れるわけにはいかない。高級な素材、巧みなカット、刺繍やレースを使用した高度なテクニック、斬新なアイデアに裏打ちされたヴァレンテイノのオートクチュールは、芸術の国イタリアならではの至芸に立脚した最高級のドレスであり、ジャクリーヌ・ケネディ、エリザベス・テイラー、オードリー・ヘップパーン、ダイアナ妃ら、世界のトップ・レディを魅了してきた。公式の場で注目を浴びる彼女らにとって、風格と威厳を備えた揺るぎない美を表現できるドレス、それが「ヴァレンティノ」なのである。この華麗なオートクチュール-を頂点とし、プレタポルテやバッグ、シューズなどアクセサリー・ラインからなる「ヴァレンティノ」は、20世紀を代表する巨大ブランドに成長し、女性の憧れのブランドとして世界中に定着している。
デザイナーのヴァレンティノ・ガラヴァーニは1932年、イタリアの地方都市ヴォゲ-ラ生まれ。幼い頃からファッションに興味を抱いていた彼は、高校を卒業し、ミラノでデザインスクールとフランス語スクールに通う。その後パリに移り、サンディカ(パリ・クチュール組合学校)で服作りの基礎を徹底的に習得した。卒業後、ジャン・デセス、ギ・ラロッシュの店でのアシスタントを経て、59年にサロンをローマ、コンドッテイ通りにオープン。そこで初のコレクションを行った。翌年、ビジネス・パートナーとしてジャンカルロ・ジャンメッティを迎える。以来約40年もの問、ブランドの舵取り役として手腕を発揮してきた重要な人物であり、ヴァレンティノの成功は彼をなくして語れない。ジャンメッティの
最初の戦略は、62年、当時イタリアのファッションを牽引していたフィレンツェ、ピッティ宮殿でのショーを成功させることだった。そこでヴァレンティノは多くの賛辞を得、とりわけアメリカのバイヤーやジャーナリストから好評を博したのである。ファッションに関しては無名の地であったローマを世界中に知らしめ、イタリアのファッションを先導するブランドの一つとして躍進を始めた瞬間だった。さらに68年、白一色で統一したコレクションで名声を高め、その地位を不動のものにする。同年パリにブティックをオープンさせた。
大衆社会が定着した70年代は多くのメゾンがプレタポルテへの参画に乗り出した。ヴァレンテイノもまた時代の流れに対応し、70年よりプレタポルテ部門を立ち上げる。オートクチュール同様、緻密に計算された美の表現を貫徹したことで定評を得た。75年にはプレタポルテの発表の場をパリに移す。その後も世界に照準を合わせ、パリ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ロンドン・・・と店舗を次々にオープンし、積極的な拡大を展開した。75年には日本において、「ヴァレンティノ ブティック ジャパン」が設立されている。
保守回帰の気運が高まり、華やかな服が返り咲いた80年代、ヴァレンティノの都会的でエレガントな作風は頂点を極め、ニューリッチ層には欠かせないブランドとして定着する。
86年にはヴァレンティノ・ガラヴァーニに対し、イタリア国家最高の勲章「騎士大十字勲章」が与えられ、その栄誉が称えられた。89年春夏よりオートクチュールの発表もローマからパリへと移る。
現在、ブランドはヴァレンティノ(レディス、メンズ)、ヴァレンティノ ローマ(レディス、メンズ)、ヴァレンティノ ガラヴァーニ(バッグ、シューズなど)、ヴァレンティノ ジーンズなどのラインを展開。それらに使用されている「V」マークは今や世界中を席巻し、広くコピーされるようになった。国際規模での年前は650億円ともいわれ、名実ともにファッション界の王座に君臨する。
21世紀を迎えた今日、ファッション業界はそれまでにも増してデザイナー交代やブランドの買収が頻発し、激動期の只中にある。ヴァレンテイノもその例外ではない。98年イタリアのトップ企業を傘下に持つHdp社に買収され、今もなお新たな買収先の噂が世界中を飛び交う。しかしヴァレンティノ自身は、さまざまな規制が付きまとう他の資本下でも、「将来『ヴァレンテイノ』を継続していくためにも重要なこと」と、かつてジャンメッティにブランドの全権を委ね、自らはデザイン活動に全精力を傾けたように、前向きな姿勢を崩さない。設立以来、制作の場をローマに限定していることも、彼のデザイン活動を守る重要なポリシーであろう。
ヴァレンティノの真骨聞はオートクチュールだといえるが、ヴァレンテイノに限らず、オートクチュールを享受できる人はほんの一握りである。それでもなお、私たちはとりわけヴァレンティノのドレスに親しみを覚え、愛着を感じるのは何故だろうか。おそらく、それは作品から発せられる美に対する揺るぎないメッセージが、40年間同じ言葉で繰り返し語られているからであろう。私たちはその純粋で直接的な表現に心奪われずにはいられないのである。

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