VAN ヴァン・ジャケット:1951-78、1981-(JAPAN)

VAN ヴァン・ジャケット:1951-78、1981-(JAPAN)

株式会社ヴァンヂャケット(VAN Jacket inc.)は、かつて1960年代に一世を風靡した、日本のアパレル企業である。(2017年02月19日 最終更新)

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「ヴァン・ジャケット」(ブランド名VAN)の創始者・石津謙介は「私は流行を作らない。風俗を作る」といったことがある。まさにVANと石津は、団塊の世代の表者たちに「アイビー・ファッション」を提案し、アメリカン感覚の新しいライフスタイルを作り上げた。60年代を若者として生きた男性にとって、VANは懐かしい青春の思い出である。
石津謙介は1911年生まれ。明治大学を卒業後、中国・天津の大型洋白川町「大川洋行」に就職し、紳士服を担当、手腕を発揮する。そこで会ったアメリカ軍将校に「アイビー・リーグ」の話を聞き、大いに感銘を受ける。これが石津のアイビー・ファッションの原点になる。その後帰国して、現在
のレナウンに就職し、紳士服担当の営業部長として、大いに実績をあげたという。
1961年、大阪市の現在アメリカ村と呼ばれている場所に、アメリカン・カジュアルを中心としたメンズ・アパレル「ヴァン・ジャケット」を創設。最初、VANはコットンのワークシャツやジーンズなどのアメリカン感覚の商品を販売し、人気を博していたが、1959年、細身のシルエットのアイビーモデル・スーツを発表、都会の若者たちの注目を集めることとなる。1964年、20歳前半の男性を対象とした週刊誌「平凡パンチ」が創刊され、表紙を飾るイラストレーター大橋歩の描くアイビールックが紹介されると、アイビー・ファッションは全図的にブームを引き起こす。VANが提案した三つボタンのスリムなスーツ、ボタンダウン・シャツ、アイビー・セーター、アイビー・タイ、スリムなコットン・スラックスなどは、若者たちの「風俗」そのものとなる。石津は「アイビーの教相」として、アメリカのプレッピースタイルの新しいライフスタイルを提案し、熱狂的な支持を集めた。まさにVANの作り出したアイビー・ルックは、若者たちの青春のシンボルになって、日本の津々浦々まで広がり、60年代の若者の文化になった。
その後も石津は「ホンコンシャツ」などの機能的なシャツ、「T-P-O」、「オン・フライデー」などのメンズ・ファッションの新しい着装の方法を提案し、VANブランドを不朽のものとし、その後のメンズ・ファッションに大きな影響を与えた。1978年、アイピー衰退とともに、残念ながらVANの灯は一時消えるが、1981年アメリカン・トラッドのアパレルとして、再び復活した。

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