ナイキ NIKE:1971-(USA)

ナイキ NIKE:1971-(USA)

スポーツとフィットネスは現代社会のカルトである。からだを鍛え、テレビのスポーツ中継に熱狂することは、われわれの重要なレジャーであり、ライフスタイルの一部となっている。この宗教を動かす司祭たちのなかでも、最も大きな影響力をもつ企業の一つがナイキだろう。ナイキはその卓越するマーケティング戦略によって、フットウエアの概念を革新しただけでなく、20世紀後半のスポーツの神話学を作り上げてきたのだ。(2017年08月17日 最終更新)

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オレゴン州の新興運動靴メーカーをほんの数十年で世界的なスポーツ企業へと発展させたのが、カリスマ的創業者フィリップ・ナイトである。学生時代に中距離走者であったナイトは運動靴にビジネスの可能性を求め、1964年に恩師である陸上コーチのビル・パウワーマンとブルーリボン・ス
ポーツ社を設立。二流品とされていた日本の運動靴の性能に着目し、オニツカ・タイガー製靴会社(現アシックス)と交渉、アメリカにおける輸入・販売権を獲得した。さらに69年から自社製品の生産を開始、71年に三日月型のシンボルロゴの「スウッシュ」を商標登録し、新ブランド「ナイキ」を立
ち上げている(ギリシャ神話の勝利の女神ニケに由来するこの言葉は、78年より会社名となる) 。当初からアジアを生産拠点に選んだことは、コスト面で有利に働いた。74年にパウワーマン考案のワッフルソールを使用した「ワッフルトレーナー」発売。80年代には「エア・ジョーダン」「エア・マックス」などの大ヒット商品を得て、最大手のアティダスを追い抜き、スポーツメーカー第1位に躍り出た。現在のナイキは北米にとどまらず、アジア、欧州、南米の市場に、スポーツ製品を供給するグローバルな企業へと成長している。
ナイキが成功した背景にあったのは、70年代以降のジョギングやエアロビに代表されるスポーツ・ブームの高まりである。ヒッピーなどの自然回帰志向、都市における健康意識の高まり、エアロビクスなどの有酸素運動の登場によって、アメリカ人は次第にスポーツにのめり込んでいった。見て楽
しむものとしてのスポーツから、自らのからだを鍛えるためのスポーツへ-。ナイキはこの社会変化を予見し的確にとらえたのだった。
またナイキは革新的な技術とデザインを投入して、運動靴の歴史を進化させてきた。 なかでも特殊ガスが入ったウレタンカプセルをソールに内蔵した「エアクッション・システム」によって、履き心地がよく、運動能力を拡張するハイテクスニーカーという概念を作り出した功績は大きい。この技術はマイケル・ジョーダンのために開発された「エア・ジョーダン」や、エアクッションをソールから視覚的に突出させた「エア・マックス」へと発展し、世界中に空前のスニーカーブームを巻きおこした。生物や有機体を想起させる斬新なデザインや選手モデルの開発も、運動靴のファッション性を大いに高め、消費者の購買意欲をかき立てることとなった。ナイキによって、スニーカーはハイテクなファッションへと変身したのだ。
さらに特筆すべきは、ナイキが発達させてきたマーケティング戦略である。スポーツ界のスター選手や有望な新人とサポート契約を結び、広告や商品開発に積極的に起用する手法はナイキが開発し
たものだ。これまでの契約選手には、バスケットボールのマイケル・ジョーダン、テニスのアンドレ・アガシ、陸上のカール・ルイス、ゴルフのタイガー・ウッズ、野球の野茂英雄らがいる。ナイキのコマーシャルは彼らを、新しい記録を樹立し、ライバルに打ち勝つことを通して、人間の能力の限界に挑戦する現代の超人たち、スポーツの神々として描いてきた。それは現代における神話作りにほかならない。
そのパトロネージはときに選手との強い糾を作り出し、「ナイキ・ガイ」たちはチームや国家よりもナイキに忠誠を誓うほどである。1992年バルセロナ・オリンピックでアメリカバスケットの「ドリーム・チーム」のナイキ支持メンバーたちが、リーボックのロゴが入った公式ジャケットを着るのを拒否し、メダルの表彰式をボイコットしかけた事例がそれを象徴している。ナイキは20世紀後半にスポーツの商業化とメディア・イベント化を強力に押し進めた張本人でもある。
ナイキはその企業アイデンティティ-つねに挑戦し続けること、勝つまで戦うこと-を忘れることなく、ブランドイメージを維持してきた。この企業理念は88年の発表以来ナイキそのもののコピーとして定着した「JUST DO IT」によく現れている。それはフィル・ナイトはじめナイキ社員の多くが元スポーツ選手であり、スポーツとナイキに強い愛情をもっていることとも関係している。こうした企業
風土こそが、ナイキをグローバルなスポーツ産業へと成長させてきた原動力なのだ。スポーツのロマンを語りながら、その商業主義化に荷担する。ある意味きわめて現代的な企業ではないだろうか。
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