ズッカ ZUCCa:1989(JAPAN)

ズッカ ZUCCa:1989(JAPAN)

一枚のベーシックなTシャツやパンツを探して脚を榛にし、結局目的のものは手に入らなかったという苦い経験を持つ人は少なくないだろう。「ZUCCa(ズッカ)」が提案したのは、こうした消費者の潜在的な欲求を具現化した現代の日常着であった。(2017年08月17日 最終更新)

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「ズッカ」は1989年、パリ・プレタポルテ・コレクション、東京コレクションにデビューしたブランド。その名はデザイナーの小野塚秋良の名前に由来するが、イタリア誌ではかぼちゃを指し、かぼちゃのように素朴で日常的な服作りを目指した。初コレクションで発表されたのは、コンセプト通りの、運動着風のコットン・ジャージーのパーlカやゆったりしたパンツ、ストライプのシャツとふくらはぎ丈のスカートなど、ナチユラル・メイクとフラット・シューズが似合う、カジュアルでナチュラルな日常着の数々だった。翌年パリにブティック開店。誰とも違う独自の個性が評価されるパリでは、一方で本当のベーシックが何かを厳しくチェックされる場でもあり、「ズッカ」はすぐに注目を集める。
「ズツカ」は生き生きと学び、働く、一般女性を対象にした。従って過剰なデザインを避け、パターン、素材、色数を絞って価格を抑え、労働着、制服、民族服などとも共通性が見出せる、現代女性の日常に立脚した機能的な服を作った。その上で、これが欲しかったと思わせる微妙な衿あき、パンツのラインなど、着用して初めてわかるディテールに〈今〉を表現した。この方向性は、90年代に求められた肩の力を抜いた〈心地よさ〉、等身大の自分をさりげなく表現するというファッションの流れにぴたりと合致するものだった。着やすく買いやすい「ズツカ」は、日本、欧米、そしてアジアでも
共感を呼び、世界に店舗を増やした。ベーシックな服を求める声の高まりに応えて、95年にはジーンズやワーク・パンツなど作業着や運動着に源を持つ機能性を重視した服を「ズッカ・トラヴァイユ」として発表している。
デザイナーの小野塚秋艮は1950年新潟県生まれ。杉野学園ドレスメーカー学院卒業後、74年に三宅デザイン事務所に入社。86年にイッセイ・ミヤケ・オン・リミッツより男性服「オッズ・オン」を発表。明るく軽快な、肩肘はらない男性像を打ち出して好評を得、88年に独立した。
「ズッカ」のコンセプトは犠々な企業の関心を呼ぶ。96年にはセイコーウォッチ株式会社との提携で、チューインガムの形状に発想を得た時計シリーズ「カバン・ド・ズッカ」が発表された。流行の蛍光色、ミニマルなデザイン、耐久性の面からそれまで時計に使用されることはなかったシリコンの
新鮮な質感が注目を浴び、手頃な価格が後押しして世界で話題となった。その他にも、飲食関係のユニフォーム「ハクイHAKUI」(92年、白洋社)、学生服「アキラ・オノヅカ」(92年、尾崎商事)など、数々のライセンス・ビジネスを成功させている。
「タイム」誌1995年1月9日号は日本の次世代ファッション・デザイナーの1人として小野塚を採り
上げ、彼の作風を「preppie with a difference」(一味違うプレッピー)と表現した。
「何でもなく見えて、そのくせどこにもない、日本発信の新しい日常着」を「ズッカ」で目指したという小野塚の意図は、素材の吟味、微妙なバランスへのこだわりという地道な仕事の結果、見事に表現されている。小野塚は、夜の服を作らないのかというアメリカのテレビ局CNNの質問に「パジャマならあるよ」と答えたという。徹底して〈日常〉を追求する小野塚の姿勢が伝わるエピソードである。