グッチ GUCCI:1921-(ITARY)

グッチ GUCCI:1921-(ITARY)

そもそもは、イタリアを代表するい高級皮革製品のブランドであるが、今日では、ファッション全般においてトレンドを牽引する超人気ブランドの1つとなっている。(2017年08月17日 最終更新)

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ブランド
ブランドとしてのグッチの始まりは、1881年にフィレンツェで生まれたグッチオ・グッチが、ロンドンの高級ホテルであるサヴォイ・ホテルでの仕事を静めて、1921年に故郷フィレンツェで革製品の店を開いたことによる。最初、旅行鞄と馬具を中心とした皮革製品販売に乗り出したが、徐々に事業を拡大し、ハンドバッグや小物の販売も行うようになっていった。
グッチはいわゆるブランド商品の元祖でもあり、その製品の品質を保証するために、グッチオは世界で初めてデザイナーの名前を入れて販売した。
第2次世界大戦の影響で皮が不足すると、グッチは布製のバッグを発表するようになる。1939年には、グッチオの息子たちが事業に参加し、グッチ一族によるん山中業がスタートする。1953年にはニューヨークにショップをオープン、世界的に有名なブランドに成長する。
初期のグッチのトレードマークとなる製品が世に出たのもこの頃である。竹製の持ち手のついた有名な「パンブー・バッグ」が登場するのは1947年のことで、この「バンブー・バッグ」はたちまち大人気となる。同時期にグッチ社は、創業者グッチオ・グッチのイニシャルをかたどったGGマークを考案した。そのGGマークがキャンバス地に織り込まれ、赤と緑の帯が縫いつけられた数々のバッグ類や小物も高い人気を呼び、ルイ・ヴィトンのLVマークの製品と並んで、世界で最もコピーされる商品となった。また、1952年には馬具のついたモカシンを発表、グレース・ケリーのためにデザインされた花柄の「フローラ・スカーフ」は1966年に登場する。その頃には事業は急拡大し、革製品やバッ
グ類だけでなく、衣服、香水、デキャンターやグラスなどのホームコレクション、アクセサリーなども販売するようになる。グッチの顧客には、オードリー・ヘップバーンやジャクリーヌ・ケネディなどが名を連ね、グッチ製品を持つことが社会的なステイタス・シンボルと見なされるようになった。
しかし、急成長を続けてきたグッチも、コピー製品に関する法廷闘争や一族内での利害紛争などで疲弊し、1970年代後半から80年代にかけて行き詰まり、一族経営による企業の改革に苦慮する日々が続く。1982年にグッチ社は株式会社となり、その後経営権がグッチオの孫であるマウリッ
チオに移ると、彼は1987年から89年にかけてその株式の50パーセントを投資家グループであるインヴェストコープに売却することとなる。1993年には、マウリッチオは経営権を完全にインヴェストコーブに譲り渡してしまう。
グッチ社の株式がグッチ一族を離れて、その経営が外に開かれるようになるにつれ、グッチ社の再建も軌道に乗り始めることとなる。1989年に、アメリカの高級百貨店バーグドルフ・グッドマンからドーン・メローが副社長兼クリエイティヴ・ディレクターとして招かれる。彼女は、2万点にまで広がりすぎた製品ラインを削減し、60年代のグッチ全盛期の良質な製品5千点にまで絞り込んだ。問様に販売店舗数も削減して、効率よい流通を実現させた。メローは、60年代風のデザインに現代的なテイストを与え、これまでグッチでは見られなかったようなローズやレモン・イエローなどの明るい色使いの製品を次々と発表していった。メローは、卓越したマーケティング能力と、新たな若い顧客へ訴える鋭い感性で、着実にグッチを再生させたのである。
1994年にバーグドルフ・グッドマンに戻ったドーン・メローの後を継いでクリエイティヴ・ディレクターに就任し、現在のグッチ社を牽引している人物がトム・フォードである。
トム・フォードは、1962年テキサス州オ-スティン生まれのアメリカ人。幼少期をニュ-・メキシコ州のサンタ・フェで過ごした。彼はニューヨークとパリの「パーソンズ」でファッションを学んだ後、何人かのデザイナーの元で修行した。1990年、女性服のデザイナーとしてグッチに入る。
4年後の1994年にグッチ社の全製品を統括するクリエイティヴ・ディレクターに就任、1995年にグッチ社の社長兼最高経営責任者(CEO)に就任したドミニコ・デ・ソーレとともにグッチ社を支える両輪として現在に至っている。
クリエイティヴ・ディレクターという立場は、それぞれのラインを担当するデザイナーとは異なり、ブランドの全製品のデザイン、イメージ戦略、ショップ展開など、ブランドの顔をあらゆる側面からコントロールし、その全てに責任を持つ立場である。その立場に立って、ドーン・メローが、主にバッグや靴をそのフィールドとして、過去のグッチを現代的に甦らせたのに対し、トム・フォードは、衣服を軸として、全く新しいグッチの姿を創造したと言える。トム・フォードが率いるグッチは、今や重要なトレンド・セッターの一つにまでなった。
トム・フォードはグッチの再生について、あるインタビューで次のように諮った。「グッチの歴史は、ゴージャスな映画スターとジェット・セッターたちを抜きには語れない。僕は、それの90年代ヴァ-ジョンをやりたかった」のだと。
グッチ・ブランドのスタ-性、それは彼のデザインにおいては、セクシー・ミニマリズムとして現れる。彼の言う「ゴージャス」とは、過剰な装飾によって生まれるのではなく、上質な素材を存分に生かし、装飾をぎりぎりまで抑えたシンプルな姿をもって産み落とされるものである。黒や白といったモノトーンでまとめられた色彩、コレクションに多く登場する開襟シャツと細身のパンツといったコーディネート、あるいは鋭いカッティングで構築されたテイラード・スーツの数々、時にエナメル加工も施されるレザーの光沢、細く研ぎ澄まされたように伸びるメタル素材、そういった要素が現在のグッチのセクシーさを作り出している。
しかし、同じくミニマリストと呼ばれるジル・サンダーやヘルムート・ラングとグッチのデザインとの大きな差異は、トム・フォード自身が常に過去を踏まえてデザインを行っていることである。彼は「過去を踏まえなければ、未来に向けた新しいモノを創る事はできない」と言う。その言葉通り、グッチのデザインには、トム・フォードが青春を過ごした70年代から80年代初頭にかけてのファッションが色濃く反映されている。「どんな時代にもレトロ指向はあった」とも彼は言う。「しかし、それはあくまでもインスピレーションの基となる要素であって、その結果は、今の時代の感覚や空気が加わった全く新しいものだ」と。思えば、現代的な感覚で過去の良質なものを甦らせることは、グッチ社の特徴の一つと言えるかもしれない。その意味で、グッチの伝統そのものも踏まえて、トム・フォードのデザイン感覚は、優れてグッチ的であるとも言える。
企業としてのグッチ・グループは90年代に入り、急激に事業を拡大させていくこととなる。1999年にはイヴ・サンロ-ランを買収、2000年春夏のコレクションより、トム・フォードがイヴ・サンロ-ランリヴ・ゴーシュのクリエイティヴ・ディレクターに就任した。