アディダス ADIDAS:1948-(GERMANY)

アディダス ADIDAS:1948-(GERMANY)

adidasの創設者アディ・ダスラーは最高のスポーツシューズを作るという熱い情熱から、1927年に初めて短距離用スパイクシューズ「ダスラーシューズ」を開発しました(2017年08月17日 最終更新)

カテゴリ:
ブランド
競技用シューズからスタートし、あらゆるスポーツ・ウエアを手掛ける世界有数のスポーツ・ブランド。半世紀を超える長い歴史と伝統を持つアディタスは、多くの競技者に支持されている。2002年、06年のサッカーw杯の連続公式スポンサーが決定しており、サッカー・フランドとしてのアディダスを改めて強く打ち出す戦略がとられている。
第一次大戦後、ドイツのアドルフ・ダスラーと弟ルドルフは「ダスラー兄弟社」を設立し、サッカーを中心としたスポーツ・シューズを作り始める。1936年のベルリン五輪ではダスラー・シューズを履いたアメリカのオーウェンスが陸上競技で4個の金メダルを獲得、ダスラーも一躍有名になった。しかし48年、兄弟は分裂し、ルドルフが「ルーダ」(後の「プーマ」)、アドルフが「アディダス」を興す。
1954年のサッカーw杯では、アデイダスのシューズを履いたドイツ・チームが優勝。72年のミュンヘン五輪ではショーターがアデイタスのシューズでマラソン金メダルを獲得する。この時すでに275の陸上の世界記録がアディダスのシューズによって破られていた。アディダスは世界最高レベルの選手に勝利を与え続ける、確かな機能性を備えた実力派のスポーツ・ブランドという認識を確立する。
アティダスは音楽シーンに密着したファッションブランドとしての顔も持つ。1986年、アメリカのヒップ・ホップ・グループ、RUNDMCが「MY ADIDAS」でチャート第1位を獲得。以降、多くのミュージシャンが三本線のスニーカーでメディアに登場し、若者を中心に大流行となった。
1970年代頃からは、スニーカーをはじめとするスポーツ・アイテムが、単なる競技用ではなく機能性を備えた街着としてファッションに取り入れられ始めた。その傾向がますます顕著になった今、他のスポーツ・ブランドと問機、アディダスもアウトドア分野やカジュアル・ウェア分野に事業領域を拡大する方針を打ち出している。主力商品であるスニーカーは、ハイテクの新モデルだけでなく、長い派史を生かした旧モデルの復刻版を発売、人気を支えている。「既製版に簡単に寄り添えるテーマを、と考えた時にスポーツを選んだ」と語るファッション・デザイナー、山本耀司の2001年秋冬パリ・コレクションでモデルの足元を飾ったのは、アディダスのスニーカーだった。